2011年1月27日木曜日

4日目(2008年8月24日・日) ⑬サンクト・ペテルブルグ 2日目午後 エルミタージュ見学

さて、マチスやゴーギャン、セザンヌの絵画の後、
やって来たのはこちら、「黄金の客間」
冬宮の南西のリザリート(翼部)。

って、エルミタージュを鳥瞰して、左上隅から時計回りに順に、
緑色の大きな「美術館」、小さな「小」エルミタージュ、
ネバ河に向いた黄色い「旧」エルミタージュ、
それと背あわせの同じく黄色い「新」エルミタージュ、
をひっくるめて全体を長方形と見ると左下隅の部分です。






客間とありますが、皇太子(後のアレクサンドル2世)の
新居として「白の間」とともに作られたもの。

1841年 A.P.ブリュロフ設計。








公の間ということですが、白の間といい
この黄金の間といい、真っ白、金ぴかだらけだと、
プライベートには向きませんね。

1850年にこの黄金の客間は
A.シュタケンシュナイダーによって改装され
現在の様な金ぴかピカになるのはさらにその後。








黄金の客間に隣接する
アレクサンドルの嫁用の私室。
マリヤ・アレクサンドロヴナ大公女の頭文字MAの
モノグラムがいたるところに使われているって・・
鏡の上の飾り部分ですね。
しっかし、こんなまっ赤っかじゃ、気が休まらないと
思うのは平民だけか・・・ ?







大公女の赤い部屋・・ ブドゥアールってそれの事?
この天井は多分大公女の赤い部屋のもの。

因みに、ブドゥアールの設計は、G.E.ボッセ 1853年。







同じく大公女の部屋の壁
この部屋はいまでは、部屋の左隅を
観光客が通り過ぎる際に見学する
様になっているけど、かつては通りぬけられるのは
大公女本人とアレクサンドル2世と女官のみのはず。

第二のロココ様式







再び、黄金と青のカーテンが特徴の「黄金の客間」
このあたり皇太子時代の二人の部屋なので
すべて繋がっています。
「木莓の書斎」というのも隣接されていたようですが、
そちらは見ずじまい・・・







黄金の客間の天井部分。
金ぴかぴか。最初に設計したブリュロフの時は質素だったそうで、
現在の様な金ぴか趣味は、その後手直ししたV.A.シュレイベルの
1860年代か1870年台末の改修工事の時らしい。

ま、公用ホールだから仕方ないんだわね。








さて、廊下を北上し、緑色が特徴の冬宮(現エルミタージュ美術館)の
長方形の左上隅の部屋、「ロトンダの間」へ向かいます。







冬宮は皇族の住居部で部屋群は「パラヴィーナ」と呼ばれたそうです。
こちらロトンダの間は、ニコライの2世とその妻の住む部分です。

こちらは、ロトンダの間へ抜ける途中の小食堂。
A.F.クラソフスキーの指揮。 ロココ様式。
図書館もあったらしいのですが、見れず。







ロトンダ(孔雀石)の間。
この柱の緑色の石が孔雀石なんですね。







この部屋はただ通りぬけるだけ。
通りぬける前に振り返って、入って来た方(左手)を見る。 
金色と緑と真紅のカーテンが特徴。

ニコライ2世の住居。「ロトンダ(孔雀石)の間」
A.P.ブリュロフ設計。







天井部分。







入って右手の壁部分の装飾。
部屋の左手は窓でネバ河が見えます。







そうして、ついにネバ河に面した北側の回廊を通り・・・








冬宮の中庭に出てきたのでした。
左手、出っ張ってるあたりの対角線上に先ほどの
アレクサンドル2世の住居群、「黄金の間」があります。






緑色の冬宮(現エルミタージュ美術館)のほぼ中央の中庭。







中庭にある緑地帯。ベンチがあります。
上の写真の左手を見たところ。







こちら、エルミタージュ美術館入口部分を
内側から見ているところ。






そうして、出てきたところは宮殿広場です!



つづく・・・     to be continued...


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